●事業承継税制 |
事業承継税制
1.中小企業の事業承継問題
わが国の企業の大多数を占める中小会社では、経営者の高齢化が進行しているが、適切な後継者
がいない企業が少なくない。このため、経営者の相続に伴って、廃業と従業員の雇用の喪失という
問題が生じるのであるが、このことは、わが国の経済にも悪影響を及ぼすことになる。
また、経営者の親族に後継者がいるとしても、均分相続を建前とする現行民法の相続制度の
もとでは、後継者が確実に事業用資産を取得できる保障はない。
さらに、その経営者の相続に伴う相続税負担が事業承継の障害になるケースもみられる。
このような問題を背景として、中小企業の円滑な事業の承継に資する法律や制度が必要になるので
あるが、その一環として措置されているのが非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度で
ある。
中小同族会社の株式等に対する相続税と、経営者から後継者に対する株式等の生前贈与に伴う
贈与税について、税制上の恩典を与え、事業承継を支援する特例措置である。
2.経営承継円滑化法と事業承継制度
ところで、相続税・贈与税の納税猶予制度の適用要件等については、税法(租税特別措置法)に
規定されていることは当然のことであるが、この制度のベースになっているのは、中小会社の
事業承継を総合的に支援するの目的で立法化された「中小企業における経営の承継の円滑化に
関する法律」(経営承継円滑化法)である。
同法では、後継者が経営者から生前に贈与を受けた株式等について、民法の遺留分に関する
特例(生前贈与株式等を遺留分の算定基礎となる財産から除外するなどの措置)を設け、また、
事業承継時に必要となる資金の調達に資するための金融支援措置も制度化されている。
相続税・贈与税の納税猶予制度に関しては、基本的な適用要件を定めており、その適用に当たって
は、経営承継円滑化法に基づいて、経済産業大臣の「確認」と「認定」を受けることとされている。
さらに、納税猶予の適用を受けた場合には、相続税又は贈与税の申告期限から5年間について、
毎年1回、事業の継続をチェックするため、経済産業大臣に対する「報告」を求めることとしている。
上記の経済産業大臣の「確認」とは、相続の開始前(株式の贈与前)に、後継者の決定や株式等の
財産の承継計画など、事業承継に関する事前の取組みがあることを申請し、確認を受ける手続をいう。
(注)相続税の納税猶予については、被相続人が60歳未満で死亡した場合など、一定の場合には、
確認を不要とする措置がある。
また、「認定」とは、納税猶予制度の適用対象会社の要件を満たしているかどうか、被相続人
(贈与者)と相続人(受贈者)が税制適格であるかどうかをチェックするための手続で、経済産業大臣
の認定を受けることを条件として、相続税・贈与税の納税猶予制度を適用することとしている。
ちなみに、経営承継円滑化法における認定の要件と税法に定められている納税猶予制度の適用要件
とは、当然のことながら同一である。
(注)経済産業大臣に対する「認定」の申請は、相続開始の日の翌日から8か月以内(贈与税の
納税猶予の適用を受ける場合は、株式等の贈与の日の属する年の翌年1月15日まで)に
「認定申請書」を提出して行うこととされている。
なお、納税猶予制度の適用を受けるための相続税又は贈与税の申告に際しては、経済産業大臣の
「認定書」を添付する必要がある。
いずれにしても、非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度は、経営承継円滑化法の上に
成立している税制の特例ということになる。
3.非上場株式に係る相続税の納税猶予制度
まず、非上場株式等についての相続税の納税猶予制度をみると、その概要は次のとおりである。
@経営承継相続人等(後継者)が相続又は遺贈により取得した非上場株式等(株式のほか出資も
含む)について、発行済議決権株式等の3分の2を上限として、その価額の80%相当額に対応する
相続税の納税を猶予する。
A経営承継相続人等が納税猶予の対象となった株式等を死亡まで保有を継続するなど、一定の
事由が生じた場合には、その猶予税額の全額が納税免除になる。
Bこの特例の適用を受けた場合には、相続税の申告期限から5年間を「経営承継期間」とし、
その間は、後継者が代表者として事業を継続し、相続開始時の従業員数の8割以上の雇用を維持
することなど、いわゆる事業継続要件が要求される。このため、経営承継期間内に事業継続要件を
満たさないこととなった場合には、納税猶予の期限が到来し、猶予税額の全部を利子税とともに納付
する。
C経営承継期間が経過した後に、納税猶予対象となった株式等の譲渡等があった場合には、
その譲渡等をした株式等に対応する猶予税額を利子税とともに納付する。
この制度のしくみをイメージ図で示すと、下記のようになる。
(注)この特例は、「納税猶予」のしくみが採用されている。これは、その者の税額を確定させた後に、
その税額の全部又は一部を文字どおり納税猶予するというものであり、納期限の延長に類似する
制度である。
納税猶予期間中は、滞納ということはなく、延滞税の問題も生じない。ただし、納期限の延長とは
異なり、納税猶予の継続要件が課されるのが通常である。このため、その要件を欠くこととなった
場合(いわば特例の適用ルール違反が生じた場合)には、その時点で納税の期限が到来し、
法定納期限からの利子税とともに納税することとなる。
4.認定承継会社の要件
この制度が適用される会社は、経営承継円滑化法における「中小企業者」であり、その範囲は、
次の資本金基準を従業員数基準のいずれかに該当する非上場の同族会社である。
|
資本金の額 |
従業員の数 |
製造業、建設業、運輸業その他の事業 |
3億円以下 |
300人以下 |
卸売業 |
1億円以下 |
100人以下 |
小売業 |
5,000万円以下 |
50人以下 |
サービス業 |
5,000万円以下 |
100人以下 |
(注)製造業のうち「ゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工事
用ベルト製造業を除く)」については、従業員数基準が「900人以下」、サービス業のうち「旅館業」
については、同「200人以下」となる。
また、サービス業のうち「ソフトウェア業・情報処理サービス業」については、「資本金の額3億円
以下、従業員の数300人以下」となる。
ただし、次のような会社は、経済産業大臣の認定を受けられず、納税猶予制度が適用される
「認定承継会社」には該当しない。
@ 従業員数がゼロである会社
A 資産保有型会社
B 資産有用型会社
C 総収入金額がゼロである会社
D その会社及びその会社と特別の関係のある会社が上場会社又は風俗営業会社
このうち、Aの「資産保有型会社」及びBの「資産運用型会社」とは、それぞれ下記の算式に該当
する会社をいう。また、この場合の「特定資産」とは、有価証券、その会社が自ら使用していない
不動産、ゴルフ会員権、現金預金などをいう。
資産保有型会社 |
− |
特定資産の帳簿価額の合計額 |
≧ |
70% |
総資産の帳簿価額 |
資産運用型会社 |
− |
特定資産の運用収入の合計額 |
≧ |
75% |
総収入金額 |
これらは、いわゆる資産管理会社であり、通常の事業会社と異なるため、税制の適用除外とする
趣旨である。
ただし、形式的には資産保有型会社や資産運用型会社に該当する場合であっても、相続開始の日
まで3年以上継続して事業を行っている会社で、常時使用する従業員の数が5人以上であるなど、
一定の要件を満たせば経済産業大臣の認定対象となり、税法上も「認定承継会社」になる。
5.被相続人と相続人の要件
この特例は、被相続人と相続人(経営承継相続人等)のそれぞれについて、一定の要件を満たす
場合に適用される。主な要件をまとめると、下記の表のようになる。
なお、納税猶予を受けられる相続人は、1社について1人とされている。
被相続人の要件 |
相続人(経営承継相続人等)の要件 |
@ 相続開始前において、その認定承継会社の
代表権を有していたこと。
A 相続開始の直前において、同族関係者と
合わせて50%超の議決権を有していたこと。
B 相続開始の直前において、同族関係者
(経営承継相続人等となる者を除く)内で筆頭株主
であること。
(注) 被相続人が相続開始の直前において
代表権を有していなかった場合には、代表権を
有していたいずれかの時と相続開始の
直前の双方において、A及びBの要件を満たす
必要がある。 |
@ 相続開始の直前において、被相続人の親族で
あること。
A 相続開始の日から5か月を経過する日において、
その認定承継会社の代表権を有していること。
B 相続開始の時において、同族関係者と合わせて
50%超の議決権を有すること。
C 相続開始の時において、同族関係者内で筆頭
株主であること。
D 相続開始の時から相続税の申告期限まで、
相続又は
遺贈により取得した特例非上場株式等(納税猶予の
適用を受ける株式等)のすべてを有していること。 |
6.特例の対象になる株式等の範囲
この特例によって納税猶予の対象になる株式等は、その認定承継会社の発行済株式等の3分の2
に達するまでの部分であるが、後継者である経営承継相続人等が相続開始の直前に有していた
株式等は、3分の2部分から控除することとされている。たとえば、
〇 発行済株式等の総数 3,000株
〇 被相続人の保有株数 2,500株
〇 相続人の保有株数 500株
.とすれば、[3,000株×2/3−500株=1,500株]となるから、被相続人から相続等により取得
する2,500株のうち、1,500株が納税猶予の対象になるということである。
なお、相続又は遺贈により取得した株式等が、相続税の申告期限までに相続人間で分割されて
いない場合のその分割されていない株式等は、特例の対象にはならない。
7.相続税の納税猶予税額の計算方法
この特例により納税猶予になる相続税の額は、次の手順により計算することとされている。
@ 相続又は遺贈により財産を取得した者の全員について、通常通りの税額計算を行う。
→経営承継相続人
等以外の者の税額は、経営承継相続人等の納税猶予の適用に影響されず、この計算により
確定する。 |
↓ |
A 経営承継相続人等以外の者の取得財産価額は不変としたうえで、経営承継相続人等が特例非上場株式等(納税猶予対象株式等)のみを相続したものとして、経営承継相続人等の税額計算を行う。
(注) 経営承継相続人等が控除すべき債務を負担した場合には、特例非上場株式等の価額から 控除した価額(特定価額)を基に税額計算を行う。 |
↓ |
B 経営承継相続人等以外の者の取得財産価額は不変としたうえで、経営承継相続人等が特例非上場株式等の20%相当額の財産のみを相続したものとして、経営承継相続人等の税額計算を行う。
(注) 経営承継相続人等が控除すべき債務を負担した場合には、特定価額の20%相当額を基に税額計算を行う。 |
↓ |
C 上記Aにより計算された経営承継相続人等の税額から。、Bにより計算された経営承継相続
人等の税額を控除した額を納税猶予税額とする。 |
8.納税猶予期限の確定と猶予税額の納付
この特例の適用を受けた場合において、相続税の申告期限から5年間(経営承継期間)のうちに
一定の事由が生じた場合には、納税猶予の期限が到来し、その時点の猶予税額は、その事由が
生じた日から2か月以内に利子税とともに全額を納税しなければならない。
また、経営承継期間が経過した後においても一定の事由が生じれば、猶予税額を納付することに
なる。
猶予税額の納付となる主な事由を経営承継期間内と経営承継期間の経過後に区分してまとめると、
次のようになる。
経営承継期間内の納付事由 |
経営承継期間経過後の納付事由 |
@ 経営承継相続人等が認定承継会社の代表権を有しないこととなった場合
A 第一種基準日(相続税の申告期限の翌日から1年を経過するごとの日)において、認定承継会社の従業員数が、相続開始の日における従業員数の80%未満となった場合
B 経営承継相続人等及びその同族関係者の有する議決権の合計数が50%以下となった場合
C 経営承継相続人等が同族関係者内で筆頭株主でないこととなった場合
D 経営承継相続人等が特例非上場株式等の一部の譲渡・贈与をした場合
E 経営承継相続人等が特例非上場株式等の全部の譲渡・贈与をした場合
F 認定承継会社が解散をした場合
G 認定承継会社が資産保有型会社又は資産運用型会社に該当することとなった場合
H 認定承継会社の総収入金額がゼロとなった場合
|
@ 経営承継相続人等が特例非上場株式等の全部の譲渡・贈与をした場合
A 認定承継会社が解散をした場合
B 認定承継会社が資産保有型会社又は資産運用型会社に該当することとなった場合
C 認定承継会社の総収入金額がゼロとなった場合
D 経営承継相続人等が特例非上場株式等の一部の譲渡・贈与をした場合 |
これらを比較してみると、経営承継期間内の納付事由の@からCは、経営承継期間が経過した後の
納付事由にはない。要するに、これらの事由については、相続税の申告期限から5年を経過した後に
生じたとしても、納税猶予が継続するということである。
(注)1 経営承継期間内の納付事由のうちの@について、経営承継相続人等が身体障害者手帳の交付を
受けた場合など、やむを得ない理由で代表権を有しないこととなった場合には、納税猶予が継続する。
2 経営承継期間内の納付事由のうちのAについて、この場合の「従業員」とは、次のいずれか
の者をいう
イ 厚生年金保険法、船員保険法又は健康保険法に規定する被保険者
ロ その会社と2か月を超える雇用契約を締結している者で75歳以上であるもの
3 経営承継期間内の納付事由のうちのG及び経営承継期間経過後の納付事由のうちBに
ついて、資産保有型会社又は資産運用型会社に該当しても、従業員数が5人以上であるなどの
要件を満たせは、納税猶予が継続する。
4 経営承継相続人等が特例非上場株式等の一部を譲渡又は贈与した場合(上記D)、経営
承継期間内であれば、猶予税額の全額納付となるが、経営承継期間の経過後であれば、猶予税額
のうち譲渡等をした株式の数に対応する税額を納付することとされている。
5 猶予税額を納付する場合には、法定納期限の翌日からの期間について、年3.6%の割合で
計算した利子税を納付しなければならない。なお、延納特例基準割合が年7.3%未満の場合には、
利子税について「特例割合」が適用され、日本銀行の商業手形の基準割引率が0.3%の場合は、
年2.1%となる。
9.猶予税額の免除
相続税について納税猶予制度の適用を受けた後、一定の事由が生じた場合には、納税免除の
措置が適用される。主な免除事由を列挙すると、以下のとおりである。
@ 経営承継相続人等が死亡した場合
A 経営承継相続人等が特例対象株式等を「贈与税の納税猶予制度」の適用を受けるその者の
後継者に贈与した場合
B 経営承継相続人等が、その保有する株式等の全部を同族関係者以外の1人に一括譲渡した
場合
C 認定承継会社について、破産手続開始の決定又は特別清算開始の命令があった場合
注意したいのは、上記の@以外の事由は、経営承継期間(相続税の申告期限から5年間)を経過
した後に生じた場合に納税免除になることである。したがって、これらの事由が経営承継期間内に
生じても免除にはならず、猶予税額の全額納付となる。
なお、上記のBは、その会社の株式等の全部を第三者に譲渡した場合に、その譲渡対価が猶予
税額を下回るときは、その差額が納税免除になるということである。
(注)1 上記Bについて、株式等の譲渡対価がその株式等の時価を下回る場合には、時価と猶予
税額の差額が納税免除になる。
2 上記BとCについて、それぞれの事由が生じた日前5年以内に、経営承継相続人等及び
その者と生計を一にする親族が認定承継会社から受けた剰余金の配当等及び法人税法34条又は
36条の規定により損金不算入とされた役員給与がある場合には、その配当等及び給与の額は
免除されない。
10.特例の適用を受ける場合の手続
相続税の納税猶予制度は、相続税の申告期限までに、猶予納税に相当する担保を提供するとともに、
一定の書類を添付した申告書を提出した場合に適用される。
また、その適用後の5年間(経営承継期間)は、毎年1回、税務署に納税猶予の「継続届出書」を
提出し、経営承継期間の経過後は、3年に1回、継続の届出を行うこととされている。
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